fabzweb2004-10-09

南佳孝 yoshitaka minami みなみ よしたか




はっぴいえんど解散直後の松本隆のプロデュースにより、
SHOWBOATから'73年『摩天楼のヒロイン』でデビュー。


'76年ソニーに移籍しての2nd『忘れられた夏』及びティン・パン・アレイLP
への参加から〜そのカラフルで洗練された非・日本的音楽センスが大いに注目
され始め、70年代当時の貧乏臭いフォーク全盛の流れに見事反したその作風は、
ユーミン山下達郎と並び“シティ・ポップス”と称された。


細野晴臣鈴木茂坂本龍一らとの名盤『サウス・オブ・ザ・ボーダー』で
音楽ファンの人気を確立した後は、「モンロー・ウォーク」(あの郷ひろみ
「セクシー・ユー」と改題しカヴァー)を筆頭に、「憧れのラジオ・ガール」、
「スローなブギにしてくれ」、「スタンダード・ナンバー」(薬師丸ひろこが
「メイン・テーマ」としてカヴァー) 等のシングル・ヒットを放ち、一般的
リスナーにも知られる存在となっていった。


その一方でアルバムは、YMO+鈴木茂との『MONTAGE』、TONY LEVINらとの
NY録音『Seventh Avenue South』等、多種多様な独創的展回を見せるが、
極め付けは盟友-松本隆とのコンセプト作『冒険王』『LAST PICTURE SHOW』。
この2作は〜もはや“シティ・ポップス”という枠組み不要の、日本のPOPS史
に残る…まさに“冒険作”的な名盤。


また、そのキャリアを通し〜、ブレッド&バター佐野元春杉真理、PINK、
pizzicato five電気グルーヴかせきさいだぁキリンジ等…
時代ごと様々なアーティストとの交流や与えた影響もという側面も大きい。
その多彩な魅力は更なる評価がなされるべきでしょう。



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